第92回「国際理解講座」<世界を知ろうシリーズ>を2019年6月15日、本多公民館で開催しました。
演題は「トランプ米国大統領の再選戦略とその影響」、講演者は日本経済新聞社・上級論説委員の大石格さん。
講演では、トランプ大統領の二期目の再選に向けての戦略、選挙戦の見通しを中心に話されました。聴講者は、大石さんのわかりやすく機知に富んだお話に興味深く聞き入り、マスコミによる情報だけではわかりにくいこともよく理解できたとたいへん好評でした。
以下に、大石さんの講演を要旨としてまとめましたので紹介します。
1.はじめに
トランプが大統領に就任した直後の2017年2月のこの講座で、「米国新大統領の外交政策と対日政策について」と題してお話した。そのときは、トランプ新大統領の人間像や、選挙運動中や大統領就任後に次々と打ち出した過激な外交政策の実行性などの分析が中心だった。2年半が経過していろいろな問題を起こしながらも人事を含めて公約したことを着々と実行している。トランプ大統領は「強引にでも実行する人」という人間像にわたしたちも慣れてきた部分がある。今回はそれらを踏まえ、トランプ氏の再選戦略を話したい。
2.トランプはどのように勝とうとしているのか
アメリカの大統領選挙制度では、有権者が大統領選挙人を選び、選ばれた選挙人が大統領候補に投票するという二段構えの選挙で、その選挙人の数が州ごとに異なっている。それぞれの州で1票でも勝った方がその州の全選挙人を獲得でき、各州で獲得した選挙人の総計の多い候補者が大統領に選出される。
トランプはこの仕組みを上手に活用して選挙に勝利する戦略を立てる。その戦略は、全米の全ての州について共和党と民主党の強弱の分析を綿密に行い、与えられている選挙人の数をもとに、間違いなく勝てる州、民主党と拮抗している州、間違いなく負ける州に分け、どの州に力を入れ、どの州を捨てるかをはっきりさせて臨む。
さらに、トランプは「表明した公約は全て達成した」を売りとして選挙運動を進める。今回の選挙キャンペーンは「Keep American Great」と「Promises Made」。前者は自分が大統領になって3年で「アメリカは偉大になった」として、その「偉大なアメリカ」を続けていく、後者は、地球温暖化対策の見直し、メキシコとの国境の壁づくりの予算化、イランへの制裁の実行など、公約の実行と成果を強調する。
トランプのもう1つ強みは圧倒的な資金収集能力。莫大な資金を効果的に投入して選挙戦を有利に展開することを目論む。
3.なぜメキシコの壁にこだわるのか
・メキシコとの国境にはすでにブッシュ大統領の時に柵を設置しており、改めて壁を造る必要はないのだが、壁の建設にこだわっている。北の隣国カナダとは国境を示すものは何もないのに何も問題視せず、メキシコに対してなぜここまでこだわるのか。その最大の理由は、メキシコからテキサス州に入るヒスパニックを阻止することである。テキサス州はずっと共和党が支配していたが、民主党を支持するヒスパニックの移民者が増加し、前回の大統領選挙では拮抗した。先の中間選挙でも大接戦となり、選挙人38人のテキサス州(もっとも多いのはカルフォルニア州の55人でここは民主党優勢)を民主党に取られたら大統領選挙で負けるので、テキサス州は絶対に取らなければならいからである。
・トランプは壁を建設のために、議会が決めた予算を無視して「国家非常事態宣言」を発動して予算化した。民主党が多数の議会はこれに反対決議をしたが大統領が拒否権を発動して壁の建設を強引に進める。これをひっくり返すには議会の2/3の賛成が必要で今の民主党の勢力ではできない。
・メキシコからのヒスパニックの移民が増えた背景は、1990年の移民法改正でヒスパニックの入国が開放され、メキシコから大量のヒスパニックがアメリカに入国・移住した。これにより賃金の安い労働力が確保され、1990年代のアメリカの景気は急激に上昇した。黒人も含めて彼ら移民者は伝統的に民主党支持だったため民主党支持者が大幅に増加し続けた。
・トランプが大統領になってから、不法移民の強制送還や不法入国の取締まりなどでテキサス州におけるメキシコ人が減少し、トランプが実施した効果は出ているが、テキサス州を確実にとり、選挙に勝利するためトランプはこの措置をさらに強化する。
4.選挙の境界は道路のあっちとこっち
・民主党、共和党の支持基盤は、基本的にはアメリカ大陸の東西両側の海沿いは民主党、内陸は共和党という傾向だが、最近色々な社会情勢の変化により支持党の入れ替わりや選挙ごとに替わるスイングが生じてきて、共和党/民主党の色分けが難しくなっている。
・例えば、メキシコの北で国境を接しているニューメキシコ州はヒスパニックが増えており、その流れでその北のコロラド州もヒスパニックが増えて、共和党優勢から民主党優勢になった。アリゾナ州とフロリダ州はスイングを繰り返している。また、新たにスイングしそうなのがニューハンプシャー州、この州は民主党の牙城だったが、前回の大統領選では僅差でトランプが勝った。今回の選挙でどうなるか注目の州の一つで、両党とも力を入れている。
・自動車産業で有名なデトロイトを有するミシガン州は、自動車産業がほとんどメキシコに移ったため民主党支持層の労働者が減り、共和党が勝利をおさめた。デトロイトの中心部に近いエリアは白人も含めて民主党、郊外は裕福な白人が多く共和党を支持する。「この通りの南はスラム街で民主党、北は裕福なエリアで共和党」というように道路一本が境目になるところがあちこちにあり、両陣営ともそこに力を注ぐ。ウィスコンシン州も重要で、前回は小差でトランプが勝ったが大都市ミルオーキーでのビール産業で働くヒスパニックの動向、北部酪農地帯の裕福層の動向がカギとなる。
・先の中間選挙で、ウィスコンシン州、ミシガン州、ペンシルバニア州などの激戦区は全て民主党が勝った。大統領選挙でもこの傾向が続くならトランプは負ける。中間層~収入の高い層がどう動くかもカギとなる。
・トランプがもう1つ考えているのは、民主党支持者が投票できないようにすること。アメリカでは、日本のように有権者は自動的に投票できるのではなく、投票するには登録が必要で、民主党支持者が多く英語を話せないヒスパニックを念頭におき、「選管が英語で質問して英語で答えられない人=アメリカ人としての資格がない人」には登録させない、つまり、投票権を与えないよう登録の条件を厳しくする。
5.なぜ民主党は候補乱立なのか
・民主党は、今度の大統領選挙の候補者を選ぶ予備選挙に24~25名が名乗りを挙げており、現状では抜き出た候補者がおらず大乱立となっている。このまま推移すると、民主党は“ばらばら”の印象を与えトランプが有利となる。
・この背景には、最近、アメリカだけでなくイギリスやドイツ、スペインなどに見られるように、世界的にリベラルが分裂しているという傾向がある. 傑出した指導者がいないので多数の候補者が自分の主張を掲げて立候補している。
・党内の候補者選出の制度面も影響している。共和党は予備選で投票して選出する各陣営の代議員の数で勝敗が決まる。他方、民主党は党の活動に長年貢献してきた幹部からなる「スーパー代議員」が党内世論を誘導してきた。WASP(白人・アングロサクソン民族・キリスト教プロテスタント)が多数の共和党は一体感があるが、白人カトリック、黒人、ヒスパニック、アジア系などの少数派の寄り合い所帯である民主党はまとまりが悪いからだ。ところが前回、一般党員に人気のサンダーズ上院議員では本選挙で勝てないとみたスーパー代議員たちがヒラリー・クリントンをやや強引に押し上げたあげくに、トランプに敗北。こうしたエスタブリッシュメント主導に党内から批判が出て、今回はスーパー代議員の優越権を大幅に弱めた。この結果、本命候補が生まれにくくなり、混戦模様になっている。
・民主党勝利のカギは、共和党支持の多い南部の州をひとつでも奪い取れる候補者を出せるかどうかにかかっている。この半世紀の民主党大統領はカーターが南部ジョージア州出身、クリントンが南部アーカンソー州出身、オバマが黒人である。
6.最大の争点は「ローvsウェイド」
・「ローvsウェイド」は、人工妊娠中絶を禁止していたテキサス州法は憲法違反だと訴えたことによる裁判で、アメリカの連邦裁判所が訴え通りこれを違憲とした1973年の判決の名称である。アメリカで最も有名な裁判判決と言われている。アメリカでは、裁判の名称は「原告対被告」で言う。この場合、原告が訴えたローさん(テキサス州民)で、被告はウェイドさん(テキサス州検事)で、「ローvsウェイド」となる。
・この判決について人工妊娠中絶の禁止を支持する勢力とこの判決を支持する勢力の間で論争が続いており、トランプは中絶禁止の州法を支持し、民主党は中絶を容認(但し、そのために税金は使わせない)する立場、さらに共和党がこの問題をこじらせようとしていることもあり、今度の大統領選挙の大きな争点になっている。この論争は、妊娠した女性の選択を重視するか(pro-choice)、胎児の生命を重視するか(pro-life)の考え方の違いである。
・同性婚や銃の所持を認めるかどうかの問題も両党の争点となり、人口妊娠中絶の問題と合わせ、これらは民主党と共和党の間の分水嶺となりそう。
7.中国バッシングは争点にならない。
・トランプは中国との貿易不均衡問題で中国バッシングを続けているが、アメリカの貿易量は変わっておらず、関税収入も増加しているので国内での批判は大きくない。一方、民主党はもともと保護主義的で中国を嫌っており、この問題でトランプと政策的な差はほとんどない。両党とも中国問題に関心は高いが、選挙の争点にあまりならない。
・トランプはどこかで中国とディールしたいという思いがあるが、中途半端なディールは民主党に「中国に弱腰」と批判されかねないので、困っているというのも事実である。
8.おわりに
聴講者から、「トランプは再選されると思うか」との質問に対する返答として、
・「再選されるかどうか」ついては、前回2016年の選挙で、世論調査やいろいろな情報からヒラリー・クリントンが勝つと予想したが、ヒラリーの人気のなさと予想以上に白人の支持を得たトランプが勝利し、わたしの予想は外れた。
今回も、今後予想外の変化が起こるかもしれないので回答は差し控えたい。
・ただ、現在の状況としては、先の中間選挙の結果から民主党に有利な地合いであるが、民主党は20人以上の候補者が予備選に名乗りをあげておりバラバラの印象がある。「よくわからない人」が大統領選挙の候補者になる可能性があり、それでは勝てない。したがって、民主党としてはいまの有利な地合いを活かせるかどうかが分かれ道になる。
・共和党は現職のトランプが候補者になるのは間違いない。当選して引き続き大統領を務める場合、今まで通り周囲の意見は聞かず、世界の秩序を配慮することなく、自分のやりたいことを進めていくと思う。
以 上.